ソーシャル電通人

トップ >ソーシャル電通人 > #005 小野寺理一郎さん
ソーシャル電通人 #005(前篇)

ソーシャル電通人 #005
小野寺理一郎 電通 第4CRプランニング局 クリエーティブディレクター 声を届けつづける。揺るぎなき東北への思い。

東北に暮らす人びとの小さな「声」を届ける展覧会「メッセージ3.11」をつづける小野寺理一郎さんに、活動をスタートしたきっかけや今後の展望、震災の記憶の「風化」について聞きました。

――東京タワーで開催した1回目の展覧会は、どうやって実現したのですか?

展覧会ですから、とりあえず場所を借りなくてはいけません。人が大勢集まる場所というと、東京ミッドタウンとか東京駅とか、あるいはギャラリーでやろうという話もありましたが、何か違うなと。ぼうっと街を歩いていてなにげなく見上げたときに東京タワーが見えて、「あ、ここだ!」と思ったんです。東京タワーなら人が大勢集まるし、外国人も来る。戦後復興の象徴としての役割を果たしてきているし、もうこの場所以外は考えられないと思ったんですが、お金がないしコネもない(笑)。

とりあえず企画書をA4の2ページにまとめました。さすがに直談判は無理だろうと考えて、社内で東京タワーにつながりのある人を探してみたところ、運よく、東京タワーの社長の友人を知っているという先輩社員がいたんですね。

そのつてを辿って2012年の1月に、東京タワーの担当者の方へプレゼンテーションさせていただく機会を得ることができて、東京タワーの展示スペース「TOWER GALLERY 3・3・3」を提供していただくことができたんです。展覧会をやるのであれば、震災から1年後の2012年の3月11日にやりたいという気持ちはありましたが、場所の問題でどうなるかはわかりません。そうしたら、ありがたいことに3.11の前後が空いていたんです。こうして、3月1日から15日まで、東北に暮らす人たちの声を届ける文字と写真の展示および映像上映と、カメラマンの平林さんが撮影した被災地の写真展「陽」を組み合わせた展覧会「メッセージ3.11」を開催することができました。

東北の声を紹介する映像のBGMとして、震災直後から話題になっていた「PRAY FOR JAPAN」という楽曲を望月衛介さんから提供していただいたり、また展示だけではなく、被災した漁師さんたちを東北から東京に招いて、その肉声でお話しいただく機会をつくることもできました。

――展覧会の反応はいかがでしたか?

震災後1年を経過して、「いろいろな記憶が薄れるなかで被災地の生の声に触れ、まだまだ大変な状況がつづいていることが改めてわかった」、「初めて東北に行こうと思った」、「子育てで忙しいから被災地には行けないけど、もう1回募金してみよう」、「東北のモノを買ってみよう」といった反応が多かったですね。

展覧会の会場に布を置き、入場者の方々に東北の人たちへのメッセージを書いていただいたのですが、会期終了後にその寄せ書きの布を、被災地のお寺さんや仮設住宅の集会所、町役場などに届けて、飾っていただきました。布に書かれたメッセージを読んだ被災地の人びとは、ひとりじゃないんだなとか、明日もがんばってみようといった気持ちになったというお話を聞いています。このように、東北の声と都会の声との双方向のコミュニケーションの場をつくることもできました。

僕らとしては純粋な気持ちだけでやっているわけですが、展覧会をやることでだれかを傷つけてしまわないか、東北の人に迷惑が掛からないかといった懸念もありました。でも、おおかた好評でしたので、うれしいというか、ありがたいというか、ホッとしました。

東京タワーの3か月後の6月3日から17日まで、今度は銀座の東日本復興応援プラザで2回目の展覧会を開催しました。実をいうと、東北の人たちの声を届けたい、そのための場をつくりたいという一念でしたから、東京タワーの先のことはまったく考えていなかったんです。ところが、東京タワーでの展覧会に合わせて立ち上げたFacebookページで展覧会の様子などを紹介したところ、「うちの街でもやって欲しい」というような書き込みがいくつもあったり、展覧会にいらした人たちからも「どんどんつづけて欲しい」という声をたくさんいただいて、この先もつづけていこうと決めました。

仲間たちと、Facebookページを運営しつつ、展覧会は年に2回ぐらいやりたいねといった話をしていたところに、東京タワーの展覧会をご覧になった東急不動産の方から、銀座で展覧会をやりませんかというお話をいただいたんです。東日本復興応援プラザのスペースを無償で貸していただけるということで、ぜひやらせてくださいと即答したものの、空いているのは6月で、3か月後というのはけっこうキツかった(笑)。

1回きりの商業イベントとは違って、会場に合わせていろいろと改善しなくてはいけませんし、「声」を更新するためには東北に通う必要があります。数人でやっていますから、すごくエネルギーがいるのです。3か月後というのは微妙だなと思いながらも、こんなチャンスはないということで、みんなでがんばりました。

こうして6月の銀座を乗り切ることができたところで、ほかにも北海道、静岡、岐阜、和歌山など、地方からの引き合いもたくさん来ていたこともあり、次にやるなら関東以外で、という機運になりました。なかでも神戸は早くから引き合いがあったことと、震災を経験していますので、非常に大きな意味がある。やるなら神戸だと。関西にはほとんどコネクションはありませんでしたが、本当にたくさんの方々に助けられながら、場所を提供してくれる人をご紹介いただくこともできて、三宮のセンタープラザで3回目の展覧会を開催することができたんです。会期中に、平林さんの写真に共感したミュージシャンの松本隆博さんをお呼びしてライブを開催したんですが、神戸に集まった方々の東北への想いが深まるような、本当にすばらしいライブでしたね。

――神戸での展覧会では、クラウドファンディングのREADYFOR?を利用されたそうですね

神戸でやるには交通費や宿泊費、運搬費など、東京ではかからなかった経費がかかりますので、自分たちのお小遣いレベルではやれない。仲間には求職中の人間もいたり、みんなそれぞれに経済状況は違いますけど、特定の人間がたくさん出すかたちにはしたくありませんでした。それで、支援金を募ってみようかと思っていたら、同僚から「READYFOR?って知ってる?」といわれ、「ああ、クラウドファンディングという手があったか」と。

早速READYFOR?のセミナーを受け、エントリーシートを書くのですが、これが大変でした。READYFOR?のページで公開されるところまでいくのは、5つか6つのプロジェクトのうちの1件くらいなんだそうです。ですから、まずは審査を通らなくてはいけない。その準備を8月くらいからはじめて3か月ほど、READYFOR?のスタッフの方と何十通もメールをやりとりしました。そして、審査も無事に通って公開したところ、結果的に64万6,000円ものご支援をいただくことができました。

正直、クラウドファンディングをつかってこの活動のお金を集めるのってどうなのか、というジレンマもありました。いただいたお金をそのまま募金に回せば、ダイレクトに東北にお金がいくわけですからね。だけど、最後は、お預かりした金額以上の価値を生み出すことができればやる意味はあるのではないか、と考えるようにしたんです。それに、お金が集まるというのは、僕らのプロジェクトに賛同してくださる人が少なからずいるということですからね。実のところ、目標金額を達成できなかったら、プロジェクトそのものを考え直さなきゃいけないよねって話もしていたんです(笑)。

クラウドファンディングを利用してみて思ったのですが、お金を預けてくださる方というのは気持ちがある人なんですよね。東北のみなさんへのメッセージはもちろん、「がんばってください」「応援してます」とか、僕らの活動そのものに対する励ましのお言葉もいただいたりして、READYFOR?のページに集まって来てくれる方々と一緒にみんなでプロジェクトをつくっていくような感覚になれました。まったく知らない人との出会いがあって、そこからまたつながりが生まれてどんどん広がっていく、そのつながりを実感しました。お金に関連した話でいうと、会場に募金箱を設置したのですが、3回の展覧会で合計764,479円の浄財が集まり、震災で親を失くした遺児や孤児の子どもたちに寄付させていただくこともできました。

――震災を「風化」させてはいけないといわれますが、これからどのようにしようと考えていますか?

むずかしい質問ですね。僕たちは、東北の人たちの声を届けることによって、あの震災が過去のものにならなければいいと思って活動している。「風化」ということについて、ことあるごとに仲間たちと話すのですが、風化ってどういうことなんだろうと考えるなかで少しわかってきたと思うのは、「風化って止まらない」、「絶対に風化してしまう」っていうことなんですよね。

世の中に風化しないものはない。過去日本が経験した戦争もそうですし、やっぱり人間って悲しい出来事を忘れなければ、前に進めない。忘れることができるからこそ人間は生きていける。逆に、風化は止められないという前提に立てば、「風化させてはいけない」ではなくて、いかにして風化の速度を遅くすることができるかを考えるべきではないか。さらにいうと、残すべきものをいかによいかたちで残すかということなんじゃないかと思うんです。

そう考えると、「メッセージ3.11」も、震災が風化していく過程のなかで、なんらかの影響を与えることができるのではないか。「メッセージ3.11」のFacebookページでも、現在までに1,400人を超える方々が「いいね!」を押してくださっていて、投稿あたりの口コミ率も非常に高く、アクティブなファンが集まっています。また展覧会には、延べでいうと6,000人を超える人たちが来てくださっている。追いかけきれない広がりでいえば、もっともっと多くの人がいるだろうし、心を揺さぶられるような体験をした人だっているかもしれない。

ですから、「声を聞いてほしい」「忘れ去られるのが怖い」という東北の人がいる限り、「つづけてください」っていってくれる人がいる限り、東北の声を届けつづける活動を終わらせることはしません。震災から丸2年が経過して、ふだんの生活のなかで、ほとんどもう自分とは関係ないと思っている人でも、たまたま僕らのFacebookページや展覧会をのぞくことで東北の人たちのことを思い出したりする。それがちょっとしたアクションにつながれば、いろいろな可能性が広がり、連鎖していくのではないかと思っています。

物理的な復興はいろいろありながらも進んでいくと思います。でも、見えない部分はそう簡単ではない。神戸の方々のお話を聞くとよくわかります。震災から18年が経過して、見た目にはビルも建って、復興したように見えても、なかにはまったく復興が進んでいないというか、どう生きていけばよいのかがいまだにわからない、心の整理がつかないという人がたくさんいます。

「声」の伝え方に関しては今後もいろいろ変わっていくかもしれませんが、なんらかのかたちで東北の人たちの声を届けつづけるということは、僕らのなかで揺るぎないものになっていると思います。

 

小野寺 理一郎 電通 第4CRプランニング局 クリエーティブディレクター

電通に入社以来、クリエーティブディレクター・アートディレクター・CMプランナー・CMディレクターを務める。米国IBA賞TVCM部門グランプリ、米国PMAレジー賞金賞、朝日広告賞最高賞、日経広告賞グランプリ、新聞広告賞大賞など、受賞多数。「メッセージ3.11」の立ち上げ運営のほか、電通の社会貢献の一環である「広告小学校」の授業アドバイザーとして、全国の子どもたちの伝える力の向上をサポートする活動を続けている。

この記事へのコメント