ソーシャル電通人

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ソーシャル電通人 #003(前篇)

ソーシャル電通人 #003
並河 進 電通 ソーシャル・デザイン・エンジン コピーライター  広告にできることは何か、自分にできることは何かを、つねに考えている。

「電通ギャルラボ」「nepia 千のトイレプロジェクト」などさまざまなソーシャル・プロジェクトを手掛ける並河進さんに、ソーシャルのおもしろさや課題について、いま考えていることを聞きました。

――入社したての頃は、どんなことをしていたんですか?

コピーライターとしてスタートした最初は、やっぱりTCC(東京コピーライターズクラブ)などの賞を獲りたいと思っていました。でも、毎年応募するんですけど、なかなか獲れない。先輩に「今年は獲れるよ」なんていわれながら、結局受賞できないという辛い経験を何年もして、そのときにいろいろ考えたんですよね。

自分は何のために広告をつくっているんだろう、と。賞を獲るため? でも、最終的に受賞作を決めているのは、審査員であって、自分ではない。自分の人生だから、自分で決められること、自分でできることで、なんとか切り開いていきたいと思ったんですよね。幸い、売れっ子ではなかったから、仕事を頼まれることも少なかったので、いろいろ考える時間はたっぷりあったんです。

――そのあと、どのようにしていまにつながってきたのでしょうか?

2000年から2002年にかけて、たっぷりあった時間を使って、自分でいろいろ企画して、自主プレゼンテーションに行きました。

たとえば、当時景気がよくなかったので、景気回復のキャンペーンができないか、と考える。まったくゼロから、本当にクライアントもいないところから考え始めていたから、ほとんど妄想ですね(笑)。「Shall Weバブル?=バブルをもう一度!」というコピーをつくって、コピーライターなのに自分でロゴもつくって、六本木にある商店街に狙いをつけて、ひとりで自主プレに行きました。自主プレだからコストもかけられないし、アートディレクターの人も協力してくれないから、自分でMacも勉強して。だれひとり仲間がいないけど、「でも、やりたい!」みたいな感じでした。たったひとりで、もがいていたんですよね。

でも、その頃の自主プレゼンは、100戦100敗。うまくいかないたび、なんでだろう? って必死で考えるんですよね。スケジュールがはっきりしていなかったのがよくなかったのか、とか、予算が不明瞭なのがいけないのかとか。似合わないスーツを着てみたり(笑)。いま考えれば見当はずれなことばかりしていたけれど、でも、あのとき「企画を実現するためのアイデア」を必死で考えて、そして、「実現することの尊さ」を身にしみて感じたんです。

――ソーシャルなテーマに関心を持ったきっかけは何かありましたか?

2003年だったと思いますが、食の安全を脅かす問題が続いた頃に、食をテーマにしたプロジェクトがやりたいと思いました。つくる人と食べる人のお互いの顔が見えない状態から、つくる人と食べる人の距離を近づけようとする動きが、当時あったんです。そうした動きを、広告で応援することができないか、と考えたのです。

当時自分が書いた、そのプロジェクトの企画書を見ると、いまにつながる言葉がいくつか書いてあります。「いままでの広告は既存のシステムにのっとり大量消費を喚起してきたけど、新しい広告はコミュニティたちの志をともにする、コミュニティたちの旗になっていくんだ!」とか。いままでの広告の役割と違う、コミュニケーションシフトを当時から考えていたんですね。コピーや企画はまだまだ未熟だったんですが。

でも、そうした企画書を、夜中にひとりで考えて、朝になって、会社の先輩に見せると、変な目で見られる。変人扱いですよね。あるとき、そうした企画書を、いま役員の白土謙二さんに見てもらいに行ったんです。そうしたら、「君はいままで電通に使われる存在だったかもしれないけど、これからは電通を使う存在になるんだ」といわれ、奮い立ったのを覚えています。その後、電通社内で動き始めていた「ロハスプロジェクト」と出会い、ソーシャルなプロジェクトというか、当時はソーシャルなんて言葉も知りませんでしたが、知らず知らずそういうものを目指すようになっていったんです。

2003年当時の「FOOD PROJECT」企画書。現在につながるコンセプトが垣間見える

――いまにつながるきっかけができた感じがしますね。

そのときに思ったのが、「考えて、発する」ということ。企画書そのままのカタチで実現しなくてもいい。でも、自分の想いを企画書というカタチにして、誰かに持っていって話すことが大事。動き出さなくちゃ、何もはじまらない。でも、とにかく動いていれば、ビリヤードの玉がぶつかるみたいに何かにぶつかってって、新しいことができたりするようになるなって思ったんです。

その頃に、たとえば、企業の宣伝部長に電話して、ふたりで飲みながらさしで話すっていういまの仕事のスタイルが生まれました。スタイルっていうほどのもんじゃないですけど(笑)。本音ベースでやりたいことを、プレゼンやオリエンの場で話せるかというと、なかなかむずかしいですよね。特に、僕はクリエイターという肩書きだから、企業の方も、「この人は難しいこだわりがあるのかな」なんて身構えてしまうことだってあると思うんです。

でも、ふたりきりで直接話をしてみると、宣伝部長の方からも、「社会のためになるようなことも本当はやりたい」というような話も出てくる。それは「人間として」という部分ですよね。僕は、企業の方が「人間として」やりたいことを応援したいし、「そういうことを応援したいと思っている」という、自分の姿勢をまず伝えなくちゃはじまらないと思ったんです。

――ネピアさんの「千のトイレプロジェクト」の話を聞かせてください。

2008年からはじまった、王子ネピア製品の売上の一部で東ティモールで家庭や学校のトイレづくりを支援する「nepia 千のトイレプロジェクト」はうまくいっていて、社会にとって意義のあるプロジェクトをやることが、王子ネピアの売上にもつながり、さらに、王子ネピア社員の方々の誇りにもつながっています。

「nepia 千のトイレプロジェクト」は、商品を通して社会に貢献する活動をすることがブランディングにも売上にもつながっていくコーズ・リレーテッド・マーケティングという手法です。でも、いまコーズ・リレーテッド・マーケティングというと、売上の一部を寄付するっていう限られた手法だけに捉えられがちなのですが、僕は、コーズ・リレーテッド・マーケティングにはもっといろんな方法があっていいと思っています。コーズ・リレーテッド・マーケティング=大義と関係したマーケティングという意味ですから、「社会にいいことをして、ブランドイメージに結びつけるキャンペーン」ぐらい広く捉えると、可能性が広がっていくと思います。

でも、こうしたキャンペーンの理想形がどういうカタチなのか……いま、僕自身も模索している状態です。たとえば、社会貢献と広告の予算のバランスについても、正解は分からない。広告予算でこうしたことをやろうとすると、社会貢献のアクションに予算をさきにくい。いっぽうCSRとなると、告知予算にかけられるお金が極端に少ない。いずれにしてもバランスが悪いと感じています。

「社会にとっていいことをすること」と「いいことをしているということを広く伝えることで、そのいいことに共鳴する人をもっと増やしていく」は、どちらもとても大事。だから、ソーシャル・プロジェクトを運営するときは、社会貢献のアクションとコミュニケーションが融合したベストな解はどんなものだろうかっていつも考えています。

 

nepia 千のトイレプロジェクトは2008年にスタート、5年目を迎えている

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