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ゲストインタビュー #006 (後篇)

ゲストインタビュー#006(後篇)中村俊裕さん 私たちの成功事例を、国際機関に拡大規模で模倣してもらう

技術を保有する企業や大学、それを求める現地パートナー、そしてプロジェクトを支援する寄付者の3者をつなぐ取り組みが、米国NPO法人『コペルニク』を核として、さらなる新しい「共創」を生み出している。国際機関をも巻き込みはじめた『コペルニク』の、秘められたもう1つの役割に、中村俊裕氏は大きな可能性を見出だしている。

——『コペルニク』の活動は、当初から順調でしたか?

中村 国連に在籍している時から、週末や夜の空いた時間などを利用し、現在の仕組みやウェブサイトのデザインなどを考えていました。そして、機会があれば現地NGOのスタッフにも意見を聞いていたのですが、その反応がとても良かったこともあって、事前にある程度の手応えは感じていました。でも、振り返れば試行錯誤の連続だったように思います。

——振り返って、どんなことが思い出されますか?

中村 今でこそ寄付金も集まるようになりましたが、当初はそれがなかなか集まらず、はじめて6カ月で資金繰りに行き詰まり、ピンチに陥ったことがあります。幸い、大口の寄付金が寄せられ難を逃れましたが、この時は本当に焦りました(笑)。それと印象に残っているのが……これは『コペルニク』を立ち上げる前の話ですが、西アフリカ・シエラレオネでのクーラーボックス事件。

——それは、どのような事件ですか?

中村 いや、実は事件というほど大げさなものではないのですが(笑)、農村部に滞在している時、浜辺で魚を売っているおばちゃんたちに会ったんです。早朝、漁師から買い付けた新鮮な魚を洗面器のような容器に入れ、タオルをかぶせて道端で売っているのですが、お昼も過ぎると明らかに鮮度が落ち、売れ残ってしまっている。そこで、クーラーボックスがあれば鮮度も保てるし、廃棄による損失も抑えられるだろうと考え、それを提供したんです。ところが、私としてはクーラーボックスをみんなで共有してもらうことで、彼女たちの売り上げ向上につながればと思っていたのですが、実際は1人の力のあるおばちゃんが私物化し、シェアされずに終わってしまいました。

——示唆に富んだ出来事ですね。

中村 そうなんです。支援というのは、必要なモノを与えれば良いというものではありません。誰を窓口にして、どのように配布していけば隅々にまで行き渡るかを考える必要があります。『コペルニク』が現地の団体を通じてテクノロジーを届けているのも、言葉が通じるというだけでは構築されない信頼関係を、その団体によって補い、コミュニティにおけるキーパーソンの理解を得ながら、多くの人たちを巻き込むことを目指しているからです。郷に入っては郷に従え。そうして生まれるインパクトこそが、貧困問題の削減を加速させると考えています。

——活動をはじめて3年。今、見えてきている新たな課題は何ですか?

中村 自分たちが手がけたプロジェクトの効果をしっかりと測定し、さまざまなデータを収集・分析することだと考えています。それというのも、私たちの活動は当初の「ラストマイル(最貧困層)にテクノロジーを届ける」ことをベースにしながら、「企業向けアドバイザリーサービス」「援助機関とのパートナーシップ」へと発展してきているからです。企業に対しては、私たちがフィールドで得たさまざまなデータが次の製品開発に生かされるだけでなく、途上国進出に向けた重要な足がかりとなります。また、援助機関に対しては、私たちの取り組みの成功も失敗も包み隠さず伝えることが、新たな活動の参考となります。

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