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ゲストインタビュー #005 (後篇)

ゲストインタビュー#005(後篇)
橋本淳司さん これからの水問題の考え方。社会のあり方。

日本から世界へ。そしてまた日本へ。内外の水問題を取材し、学校での体験型授業や講演、出版などを通じて持続的な水利用のあり方を訴える橋本淳司さん。水との出会い、いま注目する水の問題、これからの社会のイメージについておうかがいしました。

流域の水の循環を「見える化」できないか

最近、外国資本による森林買収が増え、水源地を買収するケースなどが問題になっています。でも、政府に有効な手立てはありません。日本では、川と下水は国土交通省、水道水は厚生労働省、トイレは環境省など縦割りになっています。「地下水の管轄はどこのだっけ?」ということになってしまい、水の循環という考え方がない。現行の法律では、地下水は土地の附属物で、地下水は土地の所有者のものと解釈されることが多い。そのために、地下水を公の水として使うことはできません。地下水が、コップの水のようにずっととどまっているのであれば、土地の所有者のものでもいいかもしれませんが、地下をどんどん流れているものを「オレのものだ」というのはナンセンス。そうした認識に立てば、解決する問題があると思います。

たとえば、流域の水源のように重要な土地を買われて、地下水をたくさん汲み上げられると、極論すれば流域全体が水を失います。下流域で田んぼを管理している人は水が使えなくなるし、工場が地下水を汲み上げることもできなくなる。ですから、一定のルールの下で地下水を使わなくてはなりません。これまでは目に見える川の水だけを意識してきましたが、衛星データや土壌データを利用することで地下水脈の「見える化」が可能になります。かつて徳川家康は土木工事で利根川の水を銚子沖に流すようにして、江戸の町を洪水から守ったといわれます。しかし、地下をみると、現在も太い水脈が東京湾に流れ込んでいます。流域の水循環が「見える化」されれば、地下水に対する認識も変わると思います。

実は地下水には、表面の浅いところを流れている部分と、深いところにたまっている部分があり、浅いところの地下水は使ってもなくなることはありません。そういう意味では、必要以上に水源地買収を恐れることはない。実際に買われた土地を地下水脈図にマッピングしてみたら、まったく関係なかったというケースもあると思います。逆にいえば、「あそこは下流域に大きく影響する大事な水源だから地域で保存しよう、公のものにしておこう」というようなことが可能になるわけですね。

いま、水は戦略物資になってきていて、地方の自治体では「自分たちの売りものは水くらしかない」という人たちと、「水をなんとか保全しなくてはいけない」という人たちにわかれます。これは深刻な問題で、いま各地でいろいろなルールが模索されていて、いちばん進んでいるもののひとつが安曇野市の検討委員会が示した指針だと思います。安曇野はアルプスの盆地に位置しており、地下水が豊富で、もともとわさび田や鱒の養殖をやってる人たちがいたんです。ところが、ペットボトルの会社ができ地下水量が減ったということから、ケンカがはじまりました。わさびと鱒の関係者が「ペットボトルの工場ができてろくなことがない」「工場の汲み上げを止めろ」といえば、ペットボトルの工場は「雇用を支えているのはわたしたち」「税金も払い、安曇野PRにもつながっている」というわけです。

言い分が折り合わず「ルールをつくろう」という話になり、まずは地下水量が本当に減っているのかを調べてみたところ、1980年代と比べるとかなり減っていた。減った理由を調べていくと、汲み上げの影響もあるけれども、水田が減ったことと、都市化で道路の舗装部分が多くなり雨が降っても地下に浸透しなくなったことが大きかったのです。そうした結果をふまえ、ケンカをやめて、地下水量を増やすことで協力しようというルールをつくったわけです。地下水の量を増やすには、田んぼや畑に水を入れ、コンクリートの川の護岸を元に戻すことが必要ですが、その負担も、使う地下水の量に応じてわさび農家はこれくらい、鱒の養殖家はこれくらい、ペットボトルの工場はこれくらいという割合を決めて合意したのですね。

これからの水ビジネスには教育が必要になる

日本で水ビジネスというと、水道と下水道のインフラに関するもののイメージが強い。汚れた水をきれいにすることで注目されている膜技術もすぐれたソリューションですが、地域として考えた場合、やはり水の循環を健全化していくことのほうが重要です。水の循環を健全化するためには、陸にある水をできるだけ長くとどめておくことが大切。シエラネバダの例のように、雪解け水が利用できないのは早く流れてしまうからなので、水をゆっくり流す工夫をビジネス化する。また、汚れた水をきれいにするとか、水が足りないところに水を届けるとかパッケージ型の水ビジネスが盛んですが、教育をいっしょにしないと、現地の人が水を使えるようにはならずに、「水の奴隷」になってしまう恐れがあります。

僕は2010年から中国の北京で水教育者を育てるという仕事をしました。都市の膨張具合と地下水の使用量、降水量から計算すると、北京の水はあと20年程度しかもたないといわれ、日本の水の技術を導入し、水利用に関する法も整備して新しいルールをつくりたいという要請でした。僕はおまけ的に教育ということで呼ばれたのですが、最初の1年間くらいは「教育は要りません」といわれました(笑)。でも、しだいに認識が変わり、水ビジネスで解決できるのは一部の地域に限られてしまうことに気づいたのです。当時は海水淡水化の技術がもてはやされていましたが、海水から真水をつくることができるのは、ある程度お金のある海沿いの地域だけで、内陸部の、貧困にあえいでいる地域では不可能です。そういうところでは、教育をやるくらいしかないという感じになってきたのですね。

真水をつくるには海水淡水化と下水再生という2つの方法があって、下水再生は海水淡水化の半分のエネルギー量でできます。水だけがあればよいというのであれば、海水を淡水化する方法で、たくさんのエネルギーを使って、二酸化炭素を排出すればよいわけですが、それによって温暖化が進んで雨の降り方が変わると、ますます水不足になるかもしれません。つまり、水がありさえすればいいという考え方で水ビジネスを入れると、地域や社会にとってよくないことが起こる可能性がある。そういうことまで考えていくと、やはり教育が必要になってくるのです。

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