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ゲストインタビュー #004 前篇)

ゲストインタビュー#005(前篇)
橋本淳司さん ジャーナリスト/アクアスフィア代表 水のどんな話を、どうやって伝えるのか。

日本から世界へ。そしてまた日本へ。内外の水問題を取材し、学校での体験型授業や講演、出版などを通じて持続的な水利用のあり方を訴える橋本淳司さん。水との出会い、いま注目する水の問題、これからの社会のイメージについておうかがいしました。

飲み会で「浄水場の水」をふるまっていた学生時代

僕は、渡良瀬川と利根川に挟まれ、沼が多い湿地帯に育ちました。子どもの頃の遊び場は池や沼で、魚釣りをしたりっていうのが僕の原風景にはあります。その頃は水があるのは当たり前で、特に問題意識は持っていませんでした。でも、大学のとき、東京の荒川区に住んだんです。当時、東京の水はおいしくなくて、アパートの蛇口をひねって飲んでみたら、「なんじゃこりゃ!?」って。鉄っぽいし、金魚の水槽の味がした(笑)。もちろん、水槽の水なんて飲んだことないですけど、アオコ臭いような感じで……。軽く絶望して、「この水を4年間飲むのは嫌だな」って思ったと同時に、場所によって水の味が違うことに気づいたんです。

ちょっと調べてみたら、水源によって味が違う、浄水場によっても違うことがなんとなくわかった。じゃ、いろいろ行ってみようかっていう感じになったのが学生時代のことでした。当時、環境庁が選定した「名水百選」というのがありまして、そこを歩いたり、浄水場にも行きました。浄水場は一見さんお断りなので、突然若い男が「水飲ませてくれ」と頼んでも、飲ませてくれない。でも、青森県弘前市の横内浄水場に行ったとき、「パンフレットに『日本一おいしい』とあるから飲ませて」って頼んでみたら、飲ませてくれた(笑)。そんな感じで、学生の頃は浄水場で水を飲んだり、水源をめぐったりしていました。考えてみれば、気持ち悪い学生です(笑)。たまにフラっと出掛けては、水を汲んできて、飲み会のときにみんなに水を飲ませるっていう。「いい浄水場を見つけた」って女の子に自慢して、女の子はどんどん引いていきましたよね(笑)。

大学を卒業して出版社に勤めました。でも、ちょっと勘違いしていた。僕は、編集というのはモノを書く仕事もできるのかなと思ってたんです。仕事をはじめて2年くらいして、ようやく自分の仕事は、構成を考えたり、原稿をまとめたり、モノを書く人たちに協力することなんだということがわかったんです。で、「違う!」と。編集長に「このまま会社にいて、本が出せますか?」って聞いたら、「出せるわけないだろ!」って(笑)。当時はジャーナリズムに関心があって、ルポルタージュとかを自分で書きたいという気持ちがあって、水はもともと気になっていたテーマだから、やってみたいと思っていました。でも、最初から書けるはずはなくて、健康誌や経済誌、旅行誌とかのライターをやっていました。2年くらいたって、フランスのヴィッテルに取材に行ってくれという仕事がきた。やりたいこととドンピシャです。当時コンビニで売っているお水というと「六甲のおいしい水」「サントリーの天然水」「ペリエ」くらいだったのですが、いろいろなミネラルウォーターが輸入されるようになってきた頃のことです。

ヴィッテルに行ってみると保養施設みたいな感じでした。リタイアした人たちがやってきて、ヴィッテルの水を飲みながら、昼はテニス、夜はカジノみたいな世界です。驚いたのは、ヴィッテルの水は腎臓結石やリューマチなどの治療効果があることが認められていて、スパ施設は健康保険が適用される医療施設でした。リューマチの患者さんたちが膝とか肘とかにヴィッテルの水をずっと浴びてるんです。「ほかにもそういう水はあるのか」って聞いてみたら、「エビアンは胃腸障害に効く」とか、それぞれのミネラルウォーターに効能があるらしいんです。

「これはおもしろい」と思って、日本に帰ってきて頼まれた記事を発表したところ、水に興味を持っている人たちからたくさん問い合わせがきて、電話が毎日鳴るという大変なことになりました(笑)。「糖尿病を患ってんだけど、なにを飲んだらいいか」というおばあちゃんとか、「神経的に参っているんだけど、どういうのがいいか」というおじさんとか、僕にその気はなかったんですけれど、健康相談をやるようになってしまったんですね。あるとき、軽いうつ病だという方が「うつ病を治す水を教えてほしい」とやって来たんですが、僕にはわからないわけです(笑)。

「水知ってる気取り」だったのがポキッと折れた

そんな困った状況のとき、水道事情をルポしてほしいという依頼があり、バングラデシュに取材に行きました。スラム街の取材だったのですが、現地に行くと水道がないところがある。いままで僕は、どこの浄水場の水がおいしいとか、付加価値の高い水だとかを紹介してきたんですが、バングラデシュのスラム街では、汚れた水やヒ素に侵された地下水が飲まれていました。ある集落にいたとき、3週間くらいのあいだに4人の子どもが亡くなり、「これはひどすぎる」と。これまで自分が扱っていた水とはまったく違う世界の水があるということに気づき、いままでしてきたことが全否定されたというか。「水知ってる気取り」だったのが、ポキッと折れたっていうか。そもそも、水道の通ってない世界なんてまったくイメージしていませんでした。水道がないっていうのはすごく大変なんです。下水道もないから自分たちが使った生活排水で水源がどんどん汚れてしまう。水を使えば使うほど下水も増えていくという悪循環です。

自分自身は水の技術者でもないし、水質を改善する方法もわからないけれども、これからは、水に不自由しているところを取材しよう、水に不自由している人たちの状況を世間に広めれば、だれかがなんとかしてくれるんじゃないかと考えるようになりました。ぼくはいつも他力本願なんですけど(笑)。その体験がきっかけで、20代後半くらいからはアジアの水道のない地域とか、水道技術が入ってきてもうまく使えずにせっかくの技術が生かせないところとか、砂漠化によって水がなくなってしまった地域とか、そういったところを取材するようになったのです。

バングラデシュでは、雨水を飲んでいた地域が多かったのですが、保存状態が悪いために雨水のなかにボウフラが湧いたり、雑菌で汚れてしまうということで、1980年代に地下水道が整備されました。最初のうちは、汚れた雨水を飲む生活から解放されたって喜んだわけですが、実はヒマラヤ山脈のチベットのあたりにヒ素の地層があったのです。その地層が少しずつ移動し、バングラデシュの西ベンガル地域のあたりでも、それほど深くない井戸の周辺にヒ素があり、長いあいだ地下水を飲んだ住民たちが慢性ヒ素中毒になってしまったんです。ヒ素に侵された水道は、「飲むな!」という意味で、赤く塗られていたり、蛇口に「×」って書いてあったりする。でも、そのほかに水源がないから、お母さんたちが汲んで、子どもたちにその水を与えていた。ヒ素というのは慢性毒ですから、なかなか症状が表れず、発病するまでには時間もかかりますし個人差もあります。

子どもたちが亡くなる原因の多くは、ヒ素ではなく汚れた水です。生活排水で汚れた水はいろいろなウイルスに汚染され、その水を飲むと下痢をするのです。子どもが下痢をすると、止まらずに脱水症状を起こして死んでしまう。1週間くらい現地にいると、子どもたちとも仲良くなったりしますが、そういう子が亡くなってしまうのが本当にショックで……。

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