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ゲストインタビュー #003 前篇)

ゲストインタビュー#003(前篇)
菅原 聡さんGLOBE PROJECT 代表 スポーツを楽しみながら社会問題を解決する

大学在学中に訪れたカンボジアでの体験をベースに、さまざまなスポーツ事業を通して社会問題の解決を図る“GLOBE PROJECT”を設立した菅原聡さん。サラリーマンとして忙しい毎日を送るかたわら、地雷問題の解決や被災地復興支援の活動をつづける菅原さんに、活動のきっかけや今後の展望をお聞きしました。

何をしているときがいちばん幸せか

GLOBE PROJECTをはじめたきっかけは2つあります。ひとつは、僕が16歳のときに父親が亡くなったこと、もうひとつは大学を休学して出掛けた世界一周旅行での体験です。父が42歳で亡くなったとき、僕は私立高校の2年でラグビーをやっていたのですが、妹も弟もいたので、「公立に移らなきゃいけないのかな」「働かなきゃいけないのかな」と目の前が真っ暗になりました。それまでは「いい高校からいい大学に進み、いい会社に就職するのが最良の人生」となんとなく思っていたのですが、父の死に直面して、人生は限られていることを実感しましたし、人生でいちばん大切なモノは何だろうと考えるようになりました。

早稲田大学でもラグビー部に入りました。でも、全国から優秀な選手が集まるチームで、試合に出られないまま大学生活を終えるのが嫌になって退部し、自分の眼で世界を見て回ろうと思い、大学2年のときに世界一周の旅に出たんです。

僕自身が将来何をしたらいいのか分からない状態でしたから、海外で出会った人たちや子どもたちに将来の夢を聞いてまわりました。びっくりしたのは、サッカーや野球、バスケットやクリケットなど、スポーツ選手になりたいという夢が多かったこと。フランスでもカンボジアでも、中東でもアフリカでも、物質的な豊かさの度合いにかかわらず、共通する将来の夢はスポーツ選手になることだったんですね。

あるとき、まったく違う夢を語る少年に出会いました。ウガンダ北部には自国の紛争から逃れてきたコンゴ難民のキャンプがあります。僕はNGOのお手伝いをさせていただきながら、子どもたちがどういう理由で難民になったのかをヒアリングしていました。そこで15歳の少年に出会ったのです。住んでいた村が襲われ、家族も彼以外は殺されてしまい命からがら3週間かかって隣の村に逃げ着いたそうです。ところが、「掃除でも洗濯でもするから飲み物と食べ物をください」と頼むと「隣の部族に飲ませる水はない」と断られたそうです。そうしているところを難民キャンプの職員に見つけられたということでした。

彼にも将来の夢をたずねました。厳しい状況だけれど「サッカー選手」って答えてくれるかなと思ったのですが、彼は「自分たちを襲った部族を殺しに行くこと」と答えたのです。携帯電話にはタンタルというレアメタルが使われていますが、世界で採れるタンタルの6割がコンゴで産出されています。高値で売れる希少な鉱石なので、鉱山を売ったお金で武器を買って、武装した勢力がレアメタルを奪い合うという構図が繰り返されている。そして、現地の人びとが血を流し合って手に入れたタンタルを先進国の企業が買い付け、携帯電話に使われ僕らの手元に届いているのです。遠い国に自分と関係なくかわいそうな子どもたちがいるのではなく、自分も関係している問題なのだということを初めて知りました。

もうひとつ彼に、「何をしているときがいちばん幸せか」と聞いてみたら、今度は「サッカー」って答えてくれました。たまたまサッカーシャツを着ていたので、彼に「交換しよう」といったらとても喜んでくれたのですが、ほかにしなくてはいけないことがあるなと思ったのです。彼らと出会って、スポーツを通じて何かできないかなと思ったのが僕らの活動の原点です。「スポーツを楽しみながら社会問題を解決しよう」とうたっていますが、根底にあるのは「人はこれほどまでに深く傷つけられるべきではないし、そのために生まれてきてはいない」という憤りなのです。

菅原さんがカンボジアを訪れたのは21歳のとき。サッカーボールを追いかけて地雷を 踏み、命を落とす子どもがいるという現実を知ったことが地雷除去活動のきっかけとなった

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